【北大とクマ#1】クマが里に下りた理由ークマと人が共に生きるためにできること

獣医学研究院 教授 坪田敏男

北大とクマ インタビュー#1
坪田敏男(つぼた としお)教授 獣医学研究院

昨年は北海道や東北だけでなく、東京都でも目撃情報が多発するなど、全国的にクマへの関心が高まりました。環境省によると、2023年度(24年2月末暫定値)のクマによる被害者数は全国で218人で、過去16年で最多となり、深刻な問題となっています。こうした被害を受け、クマの捕獲数も9319頭と過去最多となりました。クマと人のかかわり方を、今一度考えるときが来ています。 そこで、北海道大学でクマの科学的な生態や、市街地に現れる「アーバンベア」の問題、アイヌ民族とクマの関わりなどを調べる研究者や学生を取材し、人とクマの関係を考える記事を連載します。クマへの正しい知識や理解を深めると同時に、人とクマが共存する道を模索します。

昨年度は全国的に人里に下りてくるクマが多く、北海道内でも、農業被害や人的被害を防ぐために多くのヒグマが捕獲され、その数は23年度に1416頭と過去最多となりました(24年2月末暫定値、環境省HPより)。北海道のヒグマ管理の現状と課題について、獣医学研究院の坪田敏男教授に聞きました。坪田さんは、研究者や行政職員、ハンター、一般市民などが参加して人とヒグマの共存に向けて活動する「ヒグマの会」の会長も務めています。

獣医学研究院 坪田敏男教授(撮影:広報?コミュニケーション部門 川本真奈美)獣医学研究院 坪田敏男教授(撮影:広報?コミュニケーション部門 川本真奈美)

―昨年はどうして全国的にクマの被害が多かったのでしょうか。

[坪田]被害が出るということは、それだけクマが人里に出ているということです。決してクマは人を襲おうと来ているわけではないのですが、クマが出没する数が増えると、人とばったり出会って襲われてしまうようなケースが確率的に増えます。人里への出没が増えた一番の要因は、クマのエサが足りなかった、ということです。特に10、11月はクマにとっては冬眠前に太らなければならない重要な時期ですが、昨年は植物の周期性で、一番大事な主食のドングリのなりが悪い年でした。本州のツキノワグマの方が、これまでは明確に、ドングリの豊作、凶作の周期性がクマの行動に影響をあたえてきました。 北海道の場合はドングリがなければ、ヤマブドウやサルナシといった果実があったり、クルミやクリがあったりしてしのげます。道内は食べ物が豊富なので、大量にヒグマが人里に出没することはこれまでありませんでしたが、昨年は異常なくらい、ヒグマが人里に出てきました。ヤマブドウや高山帯にあるハイマツの実が不作だったり、夏場に食料になるカラフトマス(サケ科魚類の一種)が川にあまり上らなかったりして、夏から秋にかけてずっとエサが足りなかったのです。そのため、これまで以上にヒグマがエサを求めて人里に出たと考えられます。

農業被害や人的被害数の増加を受け、ヒグマの捕獲数は23年度に過去最多となった(提供:坪田敏男教授) 農業被害や人的被害数の増加を受け、ヒグマの捕獲数は23年度に過去最多となった(提供:坪田敏男教授)

それから、ヒグマの数が全体的に増えていることも一因としてあります。1990年の「春グマ駆除制度」の廃止まで、北海道は実質的にヒグマの根絶を目指す政策をとっていました。科学的な調査が行われていないので正確にはわかりませんが、道の推定で90年に5千頭くらいだったヒグマが、現在は約1万2千頭とされ、数は増加しています。

―OSO18のような、家畜を襲うヒグマも話題になりました。クマに人が襲われ、犠牲者も出ています。個人や地域でできるクマ対策はどんなものがありますか。

[坪田]決してヒグマが狂暴化したわけではなく、やはりクマは臆病で慎重な生き物ですので、人の存在を知らせてやれば向こうから避けてくれます。まずは出会わないために、森に入るときは声を出す、鈴を鳴らす、それで大概は防げます。人はクマの気配に気づかないですが、クマは人の存在がわかれば逃げてくれます。それから、クマは「薄明薄暮型」と言って、明け方と夕方に活動が活発になるので、その時間帯は1人で出歩かない方がいいでしょう。襲われるときは1人が圧倒的に多く、人身被害の9割は1人で行動しているときです。昨年福島町で3人が襲われたのは、非常に珍しいケースだと思います。 地域でできる活動としては、例えば、クマが出た場所を特定して、巡回して地域住民に注意する場所を知らせることでしょうか。それから、札幌市内でも行われていますが、「藪払い」といって木を伐採したり草を刈ったりして見通しをよくする方法もあります。クマは基本的に慎重な動物で、身を隠せる場所を伝って山から里へ出てくるので、開けた場所には出ません。クマが出てくるルートは札幌市内では決まっていて、豊平川とか、石狩川とか、水路を伝って出て来るので、そういった場所で藪払いをするとといいでしょう。

―道内に生息するヒグマと本州のツキノワグマの違いは。

[坪田]習性は基本的に同じで、臆病で慎重です。ただ、体格が圧倒的に違います。ヒグマはオスの体重が200~400キログラム、メスは100キログラムくらいです。ツキノワグマはオスが最大で100キログラム、メスは40~50キログラムくらい、俊敏性はツキノワグマのほうが高いです。あと、ツキノワグマの数はヒグマの3倍以上いると推定されます。シカ、イノシシ、サルの数はさらに多いと思います。

北大の総合博物館にあるヒグマのはく製と坪田教授。このヒグマは前掌の幅から、メスか1歳未満のオスと推定される(撮影:広報?コミュニケーション部門 川本真奈美) 北大の総合博物館にあるヒグマのはく製と坪田教授。このヒグマは前掌の幅から、メスか1歳未満のオスと推定される(撮影:広報?コミュニケーション部門 川本真奈美)

―環境省は2月、ヒグマとツキノワグマを指定管理鳥獣にする方針を決めました。ニホンジカとイノシシに次ぐ3例目です。

[坪田]指定管理鳥獣になると、捕獲を行う都道府県は国から財政的な支援を得られます。ヒグマを駆除するときにかかる経費が道の予算だけだと足りないと思うので、予算的な面でやむを得ない事情もあったかもしれません。クマは個体差や性格の違いがあって、被害を出すクマは特定の個体に限られることが多いです。数をただ減らすのではなく、危害を加えるようなクマの情報をいち早くとらえて、加害個体を駆除することが必要だと思います。一方で、シカやイノシシと同じように駆除していくとクマの数はあっという間に減ってしまい、なかなか回復することができません。

―北海道はヒグマの保護管理を記した 「ヒグマ管理計画」 を策定していますが、内容についてどうお考えですか。

[坪田]ヒグマ管理計画がきちんと実行されていれば多くのことは解決されていると思うのですが、それが絵に描いた餅になっていて実行性が足りていないと感じています。一番大きい問題は、地域ごとにクマなどの野生動物の専門対策員を配置していないことです。ヒグマ管理計画では、「将来、地域対策協議会等で活動する『専門対策員』等の配置を念頭においた保護管理を担う人材の育成を図る」とありますが、早急に実働部隊を地域で組織して、責任をもってクマの管理をする人を置くべきです。国内には、専門員を配置して野生生物への効果的な対策をしている地域があります。例えば、島根県や兵庫県は、ツキノワグマを含むイノシシ、シカ、サルなどの鳥獣対策を行う専門員の実働部隊があり、地域と密に連携して対策を行っています。道内でも、14か所ある地域振興局に野生動物の専門対策員を配置するなどして、地域住民と行政、狩猟者との橋渡し役となって現場の実務にあたる人が必要だと思います。農家や地域住民に対してヒグマの生態に関する正しい知識や、効果的な防除方法の普及を総合的に担えるような人が各所にいれば、できることはたくさんあると思います。

調査のため、ヒグマに麻酔をかける坪田教授(左から二番目)(提供:坪田敏男教授)

調査のため、ヒグマに麻酔をかける坪田教授(左から二番目)(提供:坪田敏男教授)

―近年、クマへの注目度が高まっていますね。先生の研究活動の近況についても教えてください。

[坪田]昨春、クマに関する研究のためにクラウドファンディングをして、目標500万円のところ894万円が集まりました。そこまでいくと予想しておらず、クマに関心を寄せる人の多さに驚きました。この事業では、カナダ?アルバータ大の調査チームに加えてもらい、ホッキョクグマに麻酔をかけて採血などのサンプル採取をしてGPSイヤタグを装着して放し、行動や生態の情報を収集する調査に参加しました。その内容は来年前半までに本にまとめる予定です。また、道北や道東でも同様の調査をし、ヒグマの科学的な情報を収集しました。

総合博物館の館長も務める坪田教授。博物館に展示されたホッキョクグマのはく製と(撮影:広報?コミュニケーション部門 川本真奈美)


総合博物館の館長も務める坪田教授。博物館に展示されたホッキョクグマのはく製と(撮影:広報?コミュニケーション部門 川本真奈美)

世界的にクマの研究者は少なく、クマの生息数や生息状況、さらに生理?生態や行動圏など、わかっていることや社会に伝えられていることは多くありません。例えば、クマは冬眠中に出産します。大学院生の時にクマの繁殖生理について研究したのですが、クマの交尾期は5~6月で出産期は冬眠中の1月です。ところが、妊娠期の最初の5か月くらいは、「着床遅延」というメカニズムで胚(受精卵)の発育を完全に止めています。冬眠に入る段階で着床が起こって、出産するということを明らかにしたのが私の学位論文の内容でした。こうした冬眠や繁殖の生理についても詳細はわかっていませんし、エサが足りないとどのくらい行動圏を大きくするのかといった生態についても、まだわかっていません。 人とクマが共に生きられる未来のためには、長期的な継続した研究が必要です。今年3月からは 「人とクマが共に生きられる環境を未来へ」 というテーマで2回目のクラウドファンディングを実施しています(4月15日まで)。今回は、調査だけでなく普及啓発活動や若手研究者の育成にも力を入れる資金を得たいと思っています。

―クマと人の共存を目指すうえで、伝えたいことは。

[坪田]状況によっては、クマの捕殺は止むを得ないことがあります。クマを管理することは重要だと思いますが、一方で、クマを殺さなくても済むケースもあると思います。人間ができること(管理や対策)をまずやって、そのうえで、やむをえず捕殺するという手法が大事です。 アイヌ語では恵みをもたらす良いクマを「キムンカムイ」(山の神)、人を襲うクマを「ウエンカムイ」(悪い神)と呼び、クマの両面性をはっきり認識していたそうです。人間がクマの生態をよく理解することで、クマによる被害を減らしつつ、共存していくことが大事だと思います。

【聞き手?文:広報?社会連携本部 広報?コミュニケーション部門 齋藤有香】